常識とは?常識を疑える女性は非常識ではありません

こんにちは!キャリアコンサルタントの金子めぐみです。

 

今回は「常識」がテーマです。

あなたは自分が常識人だと思いますか?

わたしは正直言うと、自分が常識のある人だという自信はありません。

幼稚な考え方や行動をしてしまうこともありますし、あまり常識ということを意識しないせいか他の人と違うことをしているということも多いように感じます。

 

常識ってなにが基準になっているのでしょうか。

 

今の世の中の変化の速さに気づいているあなたなら、常識もどんどん変わっていることにもきっと気づいていますよね。

 

それでは、常識を疑うことでうまくいくこともあるよ~っていう世界へまいりましょう!

 

1. 「常識」の定義って?

1-1. 常識的に言って常識とは・笑

常識とはどんなことを指すのか、辞書にはどう書かれているかご紹介しますね。

常識(英語でコモン・センス)とは,もっとも普通には,われわれの間に共通の日常経験の上に立った知,一定の社会や文化という共通の意味のなかでの,わかりきったものを含んだ知であると考えられている。つまりこの場合,それは,あれこれの立ち入った専門的知識にくらべてありふれた知識,また,厳密な学問知にくらべてあいまいさを含んだ日常の知だということになる。ところで,このようにとらえられた常識を〈出発点〉としての常識というならば,それに対して〈到達点〉としての常識と呼ばれるべきものがある。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版 

 

① ある社会で、人々の間に広く承認され、当然もっているはずの知識や判断力。 「 -では考えられない奇行」 「 -に欠ける」

② 「共通感覚」に同じ。 〔「哲学字彙」(1881年)に英語 common sense の訳語として載る〕

出典 三省堂大辞林 第三版

 

面白いですね。

三省堂大辞林では、ずいぶんとキッパリ「共通感覚」としています。

 

わたし自身の「常識」という言葉の定義を決めるとしたら、

平凡社大百科事典の

「一定の社会や文化という共通の興味の中での」

という部分が重要かな…と考えています。

 

1-2. 常識は時代と共に変化するもの

常識は時代と共に変化します。

 

「人々の間に広く承認され、当然もっているはずの知識や判断力」

ですが、これは時が移り変わり、環境が変わることでやはり変わっていきますよね。

 

たとえば、心の問題を解決するための「カウンセリング」ですが、アメリカから日本に入ってきた当時は世間一般の人には理解されず「怪しい」と言われていました。

けれど、1988年には大学院で学ぶ必要がある「臨床心理士」という資格ができて医療の一部として取り入れられるようになり、2017年には「公認心理士」という国家資格が誕生しています。

 

もっと身近なところでいえば、人の健康についてというとても大切なことでさえ、常識はどんどん変わっています。

 

今40代後半以上の年齢で、運動部だった方はとくに経験があると思うのですが、昔は運動中に水分補給をしない(させない?笑)という常識がありました。

また、今ではひざを痛めるとして誰もトレーニングに取り入れていない「うさぎ跳び」というものもありました。

 

 

血中コレステロール値についても、昔は、コレステロール濃度は高ければ高い程良いと推定されていました。重症の肝機能障害を発症したり、健康状態が悪化して死に向かう時などに、コレステロール値は下がります。

あくまでも見かけ上の事ですが、健康な人はコレステロールが高い傾向にあったため、コレステロール値は高い方が良いと考えられていた時代があったのです。

 

常識が覆されたのは第二次世界大戦後の事です。

高すぎるコレステロールは動脈硬化を早め、心筋梗塞・脳卒中(脳梗塞・脳出血)などの発症を促進する事が判明し、要注意とされるようになります。

 

その後は血中の総コレステロール値が高いと注意されるようになり、コレステロール値が高い食品としてたまごを控えるといった栄養指導がおこなわれた時代もありました。

 

しかし、さらにその後、コレステロール値が高くても動脈硬化性疾患になる人の群と、ならない人の群がいることがわかるようになり、登場したのが“HDL(善玉)コレステロール”と”LDL(悪玉)コレステロール“の概念です。

 

『総コレステロール値が高い事よりも、HDL(善玉)コレステロールが低い事の方が動脈硬化性疾患については高リスクである』

ということがわかりました。

そして、病名も「高コレステロール血症」から、「コレステロール異常症」もしくは「脂質異常症」というものに変化しました。

 

また、概念として「悪玉」といわれていた「LDLコレステロール」にも大切な働きがあることもわかっています。

今は大人が鶏卵を食べる数を制限されるということはほとんどないはずです。

 

 

ダイエットについての「常識」についても同様、あなたもこれまでに流行したダイエットを振りかえってみればわかるとおりです。

 

こんなふうにみてみると、「常識」なんてしがみつくものじゃないなぁ…と思いますよね。

まあ、わたしが元々常識知らずだからかもしれませんが・笑!

 

1-3. 常識は地域や場所でも違います

常識は、地域や場所でも違いますよね。

 

わたしが生きてきた時代は、グローバル化がどんどん進んだ時代です。

日本の常識は世界の常識ではないということを知ることができたのは本当に視野の広がることですし、今の若い人たちはさらにそれを実感するのでしょうね。

 

他の国と日本、のように大きなくくりでは「そりゃ違って当たり前」と思えるかもしれませんが、日本の中、それもかなり狭い範囲のくくりで見ても、常識って地域で違います。

 

わたしは引っ越し人生だったのでいろいろなところに住みました。

今住んでいる羽生市がいちばん長く住んでいると思います。

 

羽生市に引っ越してきて驚いたことのひとつに、

ドアチャイムを鳴らすと同時にドアを開ける(ビックリ!)

というのがあります。

いつでも出られる状態のきちんとした人ならいいのでしょうが、わたしのようにお風呂上りには汗が引くまで何も着たくないとか、わたしのように暑い日はすんごい恰好でPCの前で仕事しているとか、わたしのように…ま、だらしないわたしのことはもういいですね。

一度本当にTシャツ一枚しか着ていないときにチャイムと共にドアがあいてそれはもうびっくりして、お仕事仲間に話したら

「金子さん、それ行田の田舎も同じです。ダメですよ、玄関のドアのカギ開けてたら!」

と言われ、なるほど~行田羽生あたりの常識なのだな、と思ったことを覚えています。

 

1-4. お互いの常識の違いを確認しよう

仲良くなりたい人、長く付き合いたい人、大好きな人…そんな人とはたくさんおしゃべりして、お互いの「常識」の違いを確認しましょう!

 

誰かと長く一緒にいると、「相手は当然、自分の常識の感覚をわかってくれている」と思ってしまいがちですが、そんなことはないとわたしが気づいたときのお話をしますね。

 

自営業を始めたわたしは、住居にしているメゾネットタイプの賃貸アパートを事務所にしていました。

プライベートな空間は、2階にある4畳ほどの部屋のみ。

息子の学習机として購入した小さなテーブルと衣類の収納ケースを置き、寝るときにはその部屋に布団を敷いていたので、布団は敷くときにちょっと重なり、端っこも折れていた感じでした。

 

その頃、お声かけいただいて地元の商工会に入ったり、JC(青年会議所)に入ったりしたおかげで、たまにお酒の席もありました。

 

少々お酒が入ると、男性の皆さんは言いたいことを言ってくれるようになるのですね。

「金子さんって、あの事務所(賃貸アパート)に住んでるの?」

と尋ねられ、

「そうなんですよー…」

と、プライベートな部屋の狭さを話すと、

「息子さんも中学生になったら母親と一緒の部屋で寝るのは気の毒だよなー」

と言われて、「そうか!そうだよね!」と理解しました・笑

 

 

結局息子が中学生になってすぐに事務所と自宅を別にすることができたのですが、目と鼻の先というわけにはいかず、車で5分ほどの場所になりました。

 

狭い場所で暮らしていたときには、忙しくてもどうにか片づけていたものを、誰も来ない自宅ではついついそのままにしてしまうこともありました。

 

たとえば、とりこんだ洗濯物

とりあえず「帰ってからたたもう」と思って山積みにしておいたままになってしまった日があったのです。

 

わたしは仕事で留守なのですが、息子は友達を連れて帰ることもあります。

ある日帰宅するとたくさんの靴があり、2階から笑い声が聞こえるのでおやつを持って行ったところ…

息子の勉強部屋とつながっている、洗濯物をとりこんでおいた部屋でみんなが遊んでいるではないですか!

型崩れしないようにと、洗濯物の山のてっぺんには、わたしのブラジャー…

「うわ~!ごめんね、散らかってて…」

と慌てて洗濯物を抱えて自分の部屋に移動しました。

 

そして、彼らが帰ってから息子に

「どうしてささっと洗濯物よけてくれなかったの?!」

と言うと(というより怒ると・笑)

「いやべつに邪魔じゃなかったから」

「母さんは、恥ずかしいよ。ブラジャーとか見られたら(怒)!」

「え?そうなの?」

「そうだよ、当然でしょ!」

「え、待って、ホントに知らなかった。ホントに洗濯物見られることが恥ずかしいって、僕思わなかった」

と、怒り狂うわたしに彼は真剣に訴えてきたのです。

 

自分の常識で怒っていたわたしが怒らなくなったお話はこちら(リンク)

 

そうか、わたしにとっては「常識」「当たり前」「当然」でも、

彼は「べつに洗濯物見られることは恥ずかしいことではない」と思っているんだ!

と、そのときものすごい衝撃を受けたことを覚えています・笑

 

そうですよね、どこの家のお母さんだってブラジャーしてるし、たぶん干してるし。

そういえば、お笑い芸人の誰かが相方の母親のことを「俺ら友達が遊びに行っても、平気で上半身裸でウロウロしている」と言っていたのを聴いたこともことがあります。

そのお母さんにとってはきっと、息子の友達も息子みたいなものだし、おっぱいなんてどのお母さんも同じような感じ(笑)だろうし、べつに恥ずかしくないのでしょうね。

 

息子の場合、アパートにいたときは、わたしがとりこんだ洗濯物をすぐにたたんで所定の場所に片づけていたから、

「洗濯物を出しっぱなしという状態を見られて恥ずかしがるわたし」

を見たこともなかったのです。

 

生まれてからずっと、12年間も一緒に暮らしてきた息子ですら、わたしとは常識が違ったのですね!

 

常識については先ほどお話したように、時代や場所で変わってしまうものなのですから、どっちがいいとか悪いとかじゃなくて、お互いにたくさん話して、相手の常識を理解してあげられたらいいなと思います。

 

2. 「常識(ジョーシキ)」と「普通(フツー)」

2-1. 「常識で考えろ!」と言われたら

あなたは「常識で考えろ!」と言われたことがありますか?

わたしは幸いなことに、ズバリそう言われたことはないのですが、周囲の人が

「○○するのが常識だよね~」とか

「普通こうするよね?」

みたいなことを口にしているのは何度も耳にしていますし、いつも気になっていました。

 

わたしには、そういうふうに言う人の「常識」「普通」って平坦なカタカナで言っているように聴こえます。

 

「フツーこうしな~い?」とか「ジョーシキで考えればわかるよね~」とか。

 

なんだか、そう言われている対象の人がどんな非常識なことをしたのかまったくわからない状態でも、この言葉を耳にすると

悪口言ってるなあ…

という重たい気持ちになります。

 

まあ、わたしもどれだけ言われているかわかりませんが(笑)、自分たち周辺の狭い範囲、短い時間軸で通用する「ジョーシキ」や「フツー」を基準にして人をジャッジするなんて、いったい何様のつもりなんだろう、と思います。

 

でも結局は「ジョーシキ」「フツー」などと言って人を批判したり、「常識で考えろ!」と怒ったりする人は自分がその常識に縛られてしまい損するのだろうなとは思います。

 

自分の常識を基準にしてジャッジすることをやめるレッスンの記事はこちら(リンク)

 

2-2. 常識や普通はどんどんなくなっていく

これから先の世の中は、きっと「常識」とか「普通」ということがどんどんなくなっていくのだろうなと思います。

 

携帯電話のなかった時代には、どんなに身近な親しい人と待ち合わせするときには場所と時間をきっちり決めておくのが常識でしたが、今はお互いに連絡が取れるので親しい仲ならだいたい決めておけば問題ないですよね。

 

常識にこだわっていると、それをしない、守らない人が気になるので疲れてしまいます。

 

マナーというかエチケットかな?思いやりからの行動はなくならない方がいいと思いますが、常識はなくなっていってもいいなとわたしは思います。

 

2-3. 知っているから腹が立つことも

常識を知っていることで、腹が立ったりがっかりしたりすることもあるようです。

 

たとえば、わたしが商工会主催の新年会に出席したときのこと。

入り口近くのテーブルでお隣になった見知らぬおじさまが、

「ここは末席じゃないか!」

と不満げにつぶやいていました。

 

ああなるほど、確かにいちばん入り口近くのテーブルは、ステージのある奥を上座とすれば下座なんだな~、と気づいたのですが、テーブルの中でいえばそのおじさまよりわたしの方が入り口に近く、わたしが末席だと思うけど…なんて思いました。

 

 

こうした常識も、自分が知らなければ、あるいは知っていたとしても気にならなければ、

「失礼なことをされた!」

なんて思わないですみますよね。

それに、知っていたらいたで、自分が席次を決める場面ではすごく疲れそうですね。

3. 常識を疑えると楽になれる

3-1. 常識というものさしはいらない

常識は人や物事を計測するためのものさしのようなものだと思います。

 

わたしには、そんなものはいらないなと思います。

それでも、わたしにもそうしたものさしがいつの間にか出来上がっているなあと思うことはよくあります。

 

例えば…東大卒の人に出会うと「すげー!あったまいいー!」と単純に思ってしまうし、きっと「東大卒」って知らなかったときとは印象がずいぶん違うはず。

 

同じように、会社を経営している人なら人格者なのだろうとか、医師なら人のために尽くすタイプなのだろうとか…

生きている間に植え込まれてしまった先入観のようなものも常識というものさしと同じだと思います。

 

できるだけ早くそうしたものさしをなくしたいなと思います。今生で間に合うかな?

年を取るなら成長しながら年を取りたいから、常識のものさしどんどん捨てていきたいと思います。

 

3-2. それはあなたの常識です

誰かに怒られたり、嫌なことを言われたりしたら、心の中で「それはあなたの常識です」と言ってやりすごすといいと思います。

 

わたしは自営業で、幸いなことにお客様には恵まれているので理不尽な目に遭ったり納得いかないことを飲み込まなくちゃいけなかったりということがすっかりなくなっていますが、雇われて働いているときにはそうしたことがよくありました。

 

ほんとうに世の中にはいろんな種類の人がいますよね。

わたしたちが「どうしてそんな、誰の得にもならない意地悪するんだろう?」って感じるその相手には、その人なりの考えや常識のものさしがあって、きっとお互い様なのでしょうね。

浅見帆帆子さんの本に「どんな人も自由にふるまう権利がある」ということが書かれていて、それもそうだよな、ほんとうだ、誰もがやりたいことをしてもいいんだよね…と妙に納得してしまいました。

大丈夫、常識が自分とすごく違う人とは、人生の中でそれほど深い関係にはならない仕組みになっているようですし、安心して自分がいいと思う人生を歩んだらいいのだと思います。

 

3-3. 常識は自分の世界を狭くする

ある種の常識は、確実に自分の世界を狭くすると思います。

 

「ジョーシキで考えたらわかるよね~」とか「フツーこうするよね~」みたいなことをいつも口にしていると、自分がほんとうにしたいことがあってもできなくなると思うのです。

 

たとえば自分の周囲の仲良しが「フツー」にSNSをしょっちゅうアップしていたら、自分もそれに合わせた回数や内容でアップしていくことになるとします。

そのためにかかる時間やコストはどのくらいか考えないと、外食や遊びが増え、そのためにお金を稼ぐ時間が増え…どんどん自分の時間がなくなってしまいます。

 

若い時代のほんのひととき一緒に過ごすという友情もどきのようなものを「フツー」として守るために、たくさんの時間をつかってしまうのはもったいないようにわたしには思えます。

 

その時間やコストを自分のために使ったら、どれだけのことができるでしょうか。

 

常識を疑って本当の自分をみつけたい方への記事はこちら(リンク)

 

3-4. 常識を疑える女性になりたい

目の前に「常識」と思われていることがあったら、一度立ち止まってそれを疑えるような女性になりたいなあ、と思っています。

 

今わたしがいちばん気になっているのは、女子大生の就職活動の「常識」です。

ひざ丈スカートの紺色のスーツに白いブラウス、髪は真っ黒で肩にかからないくらいか、それより長ければひとつにまとめて、ローヒールのパンプス。

 

まるで高校生の制服みたいに同じ服装の女子大生を見るたびに

その服装じゃないとダメなの?採用されないの?

だとしたら、ホントにそんな会社でいいの?

なあんて思っちゃいます。

 

 

受かりたい会社に対する礼儀というものはもちろん必要だとは思いますが…

それでも、あの常識にとらわれた就活スーツを見ていると、

まるで

「なんでもしますから雇ってください!」

と言っている目印みたいに思えて、

大丈夫なのかなあ…

と、ぼんやり心配してしまいます。

 

自分がやりたい仕事がハッキリ決まっていて、その会社に入るためには就活スーツでないと論外!というならいいのですが、

もしかしたら、あなたのやりたい仕事は常識通りに就活スーツを着なくてはできないような仕事ではないかもしれないよ?と思ってしまうのです。

 

4. 常識でジャッジしなくなると

常識でものごとや人をジャッジしなくなると、やっぱり楽なんじゃないかなあと思います。

 

職業を選択するときに、常識を意識してしまうとできないことってたくさんあります。

 

・資格がないから、無理…

・もう年だから、雇ってもらえない…

・学歴が足りないから応募できない…

 

みたいに、「○○じゃないから、できない…」っていうのは思い込みです。

資格は働きながら取得できるものもありますし、学歴というのは特殊な研究員とかでなければ、「そのくらいの学力」という意味です。

 

実際に、わたしが栃木県の宇都宮市に住んでいたときに、リクルートのじゃらんという旅行情報誌のライターに応募したときの募集条件は「大卒以上」でした。

わたしは大学に行っていませんが、

・どこかで東京とつながっていたい!

・ライターをしてみたい!

・じゃらんは自分もよく使っていて、大好き!

・こんな田舎でこんなに好条件の仕事は他にない!

・歩合給で旦那さんのランチアのローンを終わらせたい!

という熱烈な思いを履歴書と同封して送り、面接後採用となりました。

 

ライターというよりは営業職だったので驚きでしたが(笑)、それでもあのときの経験があったから、自営業を始めてみようと思えたのだと思います。

 

できないことがあっても大丈夫!と常識を破るきっかけにもなる自己効力感アップの記事はこちら(リンク)

 

 

それから(前にもどこかで書いたような気がするのですが・笑)、

ゴールデンボンバーさんってすごい人気ですけれど、

楽器ができなくてもバンドをつくる!!

というふうに、

「バンドを組むなら楽器演奏ができなくては」

っていう常識を破ったからデビューできたのですよね。

 

今わたしは、キャリアコンサルタントの受験資格に必要なスクーリングの、先生のアシスタント業務をしているのですが、先日授業で話されていたことがあなたの役に立つかもしれないのでお知らせしますね。

 

求人情報には、一般に公開されているものもありますが、潜在情報といって会社が公募や斡旋の依頼をしていないものもあります

 

先ほどご紹介したわたしの例は、一般に公開されている求人情報に対してゴールデンボンバー方式(命名!)で応募したということになりますが、一般には公開されていない求人市場があるのです。

 

求人広告にはお金がかかることもありますから、

「積極的に求人を出すほど人は不足していないけれど、いい人がいたら採用したいなあ…」

という企業は潜在的にあるのですね。

 

どこかの記事で書いたかもしれませんが、以前わたしのお仕事(風船業)バルーナッツでアルバイトしてくれたJさんは、30歳で受験して、それからもとても頑張って正看護師になりました。

 

シングルマザーの彼女の子どもたちは、当時まだ小学生でした。

卒業後の勤務先を探す際、学校が紹介してくれる普通の病院だと夜勤があるため、日勤だけのお仕事がいいなあ…と、献血ルームを運営している日本赤十字社に自分から連絡を取り、採用が決まったそうです。

 

しかも、彼女の家からほど近い、免許センターに併設している献血ルームに配属になりました。

まさに願ったり叶ったりです。

 

 

また、ある男性は自転車が好きでした。

乗ることも、修繕することも大好きだった彼は転職の際に自転車に関わる仕事をしたいと思いつきました。

 

自分がここで働きたいという会社を数社選んだ彼は、履歴書や業務経歴書を郵送し、そのうちの1社から声をかけてもらって採用が決まったのだそうです。

 

自分が行く必要もなく、電話すらかけなくても、熱意のある書類を作って郵送するだけでいいのですから、どんなに恥ずかしがり屋さんでも大丈夫ですよね!

このときのポイントは、社長さんあてに書類を送ることなのだそうです。

総務部や人事部に郵送すると、募集をしていない時期ならとくに、開封されないまま処分されてしまう可能性があるからです。

 

社長さんあてに送ると、時間がある社長さんならご自身で目を通されるでしょうし、忙しければ人事の担当者に手渡します。

社長さんあてに来ていて、その社長さんから手渡された書類は簡単には処分されず目を通される確率がぐんと上がるのだとか。

 

あなたも、

・こんな仕事がしてみたい

・憧れの会社がある

・好きでたまらないことを仕事にしたい

こんなふうに考えているなら、行動してみるといいですよ。

 

ダメだったとしても、書類の作成時間と郵送料を無駄にするくらいですから^^

宝くじに当たるよりは確率高いと思います・笑。

 

長い記事を読んでいただき、ありがとうございました!

 

あなたが常識を疑って行動することで

自分のやりたい仕事

好きな仕事

やってみたい仕事など

 

人生が楽しくなる働き方ができることを願っています。

 

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