セレンディピティとは|自分で起こせる奇跡のような幸運

こんにちは!キャリアコンサルタントの金子めぐみです。

今回はセレンディピティについてのお話です。

 

女性なら、ハリウッド映画のタイトルとして知っている人も多いかもしれませんね。

思いがけない偶然の幸運が起こることを「セレンディピティ」といいます。

 

女性のキャリアを応援するこのサイトでは、働き方の選択肢を増やしてほしいので自営業についても詳しくご紹介しています。

そして、「どうしたら起業したい女性の不安を取り除けるか」といった課題にも取り組んでいます。

 

わたしはどちらかというとスピリチュアル寄りだと自分では思います。そしてそれは自営業をしていく上ではとても自分を助けてくれました。

目に見える科学的物理的なことよりも、スピリチュアルな考え方が女性を助けることは多いと思いますので、そうしたこともご紹介していこうと考えています。

 

そうはいっても、特定の宗教を信仰したり支持したり勧誘したりといったサイトではありませんので、どうか安心して読み進めてくださいね。

 

お仕事上で何かしらのトラブルがあったときに、慌てずにちょっとスピリチュアルな考え方ができるようになると不思議と流れが変わって良い方向へ向かいます。

考え方を変えることで、モチベーションを上げることができたり諦めそうなことをもう少し頑張ってみることができたりする経験をわたしはたくさんしてきました。

 

スピリチュアルな考え方を身につけることできっとあなたの人生も少し軽く明るく楽しくなると思います。

 

セレンディピティは「自分で起こせる」というところがわたしは好きです。この考え方はきっと、行き詰ったときのあなたのことも助けてくれるでしょう。

 

それでは、セレンディピティについてご紹介していきますね。

 

1. セレンディピティとは

 1-1. セレンディピティの意味

わたしはセレンディピティの意味を、「思いがけない偶然の幸運」と捉えています。

 

広辞苑で「セレンディピティ」を調べてみるとちょっと違うようです。

 思わぬものを偶然に発見する能力。幸運を招きよせる力。また、その能力。

広辞苑にはこのように書かれているのですが、セレンディピティを「能力」と定義してしまうと「セレンディピティが起こる」といった言葉の使い方に矛盾が生じてしまいます。

 

一般的な言葉の使い方に合わせたほうが理解しやすいと思いますので、「広い意味でのセレンディピティという言葉はそれを起こす能力までを含めている」と理解して先へ進みましょう。

 

1-2. セレンディピティの語源

セレンディピティの語源は、イギリスの小説家ホレース・ウォルポールによります。

ホレースはペルシャに伝わる昔話「セレンディップの3人の王子」を知っていて、そのストーリーのような現象を「セレンディピティ」と名付けました。

 

ホレースは友人に「偶然にみつかる幸運」について説明したかったのですがちょうど良い言葉がなかったため、この「セレンディップの3人の王子」のことを引き合いに出して「こうしたことをセレンディピティと呼ぼう」と手紙に書いたのでした。

 

「セレンディップの3人の王子」のストーリーを簡単にまとめるとこんなふうです。

 

以前はアラビア語でセレンディップと呼ばれていたスリランカ。その国王は大きくなった3人の王子を鍛えるために旅に出します。

ペルシャへやってきた3人は、落ち込んでいる男に声をかけます。

男はロバを見失ってしまい落ち込んでいるのだと言いました。

王子たちは不思議なことにロバの特徴や積み荷のこと、ロバに乗っていた女性が妊婦であることまでを言い当ててしまいます。

見てもいないロバのことを次々と当ててしまうのでロバ泥棒の疑いまでかけられてしまう王子たちですが、後に疑いは晴れます。

ロバについて言い当てたのは、王子たちが道端の草や足跡などを鋭く観察していた洞察力によってでした。彼らの洞察力に驚いたギリシャの皇帝は、3人をそばに置いて様々な問題を解決してもらいました。

後に3人は別々の国の立派な王様となりました。めでたしめでたし。

 

 セレンディピティというのは、ただぼんやりと過ごしている人に起きる「棚からぼたもち」のようなものではなく、洞察力を持って行動している人に起きるラッキーな出来事なのだということがわかりますね。

 

1-3. シャープの創業者に起きたセレンディピティ

 家電メーカーのシャープを創業した早川徳次さんが社名の元にもなった「シャープペンシル」を開発したときにも、数々のセレンディピティが起きています。

 

早川さんが独創的な芯の繰出し装置を発明し、1915年に特許申請した「早川式繰出鉛筆」が後に「シャープペンシル」として売り出されます。

 

この早川さんはわずか9歳で住み込みの仕事、当時でいう「丁稚奉公」としてかんざしなどの精巧な金属加工をおこなう職人の見習いとなります。

まじめに職人技を学ぶことで、最初のセレンディピティが起こります。

 

当時洋装になりつつあった日本のベルト金具として、ベルトの穴がなくてもどこでも留めることのできる「徳尾錠」という金具を発明したのです。このとき思いがけない大口の注文が入り、独立のきっかけとなりました

 

その後発明した「早川式繰出鉛筆」は国内ではまったく売れませんでした。鉛筆が売れなくなってしまうため、文具業界の反対もあったようです。

ところが、横浜の貿易商から大量の注文が入り、「エバーレディシャープペンシル(いつも芯がとがった状態で準備されている鉛筆)」として海外で大ヒットするのです。

 

早川さんはシャープペンシルが売れてもそれに甘んじずに改良を続けました。生産工場の仕組みも当時の自動車メーカー「フォード」の流れ作業を取り入れるなど常に改善していきました。

 

そんな折1923年の関東大震災が起こります。早川さんの工場は被災し、妻や子供まで失ってしまいました。債務の返済のために、シャープペンシルの特許まで日本文房具に売却してしまいます。

 

翌年、心機一転して大阪で「早川金属工業研究所」を設立。これが後の「シャープ」となります。

早川さんは当時まだ電波すら飛んでいなかったラジオを開発し、ラジオが普及しはじめた頃にはすでにテレビの配線図を会社の壁に貼って社員と未来の夢を共有していたのだそうです。

 

早川さんにはこのように何度もセレンディピティと呼べる幸運が起こりますが、早川さんの行動を見ていると「セレンディピティという偶然の幸運」はきちんと行動を起こし真剣にそれに取り組んでいる人に起きるのだということがわかりますね。

 

1-4. シンクロニシティとの違い

 セレンディピティとシンクロニシティの違いは、本人が意識することで起こせるかどうかという点だとわたしは考えます。

 

シンクロニシティはもともと心理学の世界で使われていた言葉で、偶然の一致があり得ない確率で起きることです。「共時性」などと訳されます。

○彼に電話をかけようと思っていたら、そのとき偶然に彼から電話が来た

○果物を食べたくなって買いに行く支度をしていたら、友達が果物のおすそ分けを持ってやってきた

このような偶然をシンクロニシティといいます。

 

「引き寄せの法則」をご自身がまだ20代前半のときにわかりやすく書いた本がベストセラーとなった作家の浅見帆帆子さんは、「シンクロニシティが身の回りで起きているときは調子の良い時が多い」と著書で記しています。

 

シンクロニシティには意味のあるものもあれば、まったく意味がないといえるものもあるようです。

潜在意識のさらに奥(概念的な奥です)にある集合意識ですべての人やモノがつながっているとすればまったく意味がないとはいえないのでしょうが、現在3次元の世界に生きているわたしたちにはその意味が捉えられないということになると思います。

 

シンクロニシティについては、わたしがライターとしてお仕事をいただいて記事を書いていますので興味のある方はこちらをご覧いただけるとより詳しく理解できます。

シンクロニシティでラッキーを引き寄せる方法 

今すぐ実行!恋愛に活用できるシンクロニシティ

 

なんだか少々スピリチュアル的な色が濃い話になってきましたね(笑)。こうした話は、はじめは「バカみたい」と感じる人も多いかと思います(とくに男性は)。

けれど、きっと女性は柔軟に受け入れて、自分の人生を豊かにするために役立てることができると思いますよ。

 

たとえ「シンクロニシティが起きているときはいろいろなタイミングが良くて調子の良い時」だとしても、自分で「いろいろなタイミングを良くして調子を良くする」のはほとんど不可能ですよね。

 

しかしセレンディピティはある条件下で起きやすいことから、自分が努力することで起こせる奇跡的な幸運だとわたしは思います。

 

2. セレンディピティを起こすには

 セレンディピティを起こすために必要なことはこのようなことです。

 

 ○目的のために行動する

○集中して取り組む

○失敗したり望むように進まなかったりしても簡単にはあきらめない

○目の前で起きることはどんなこともしっかりと観察する

 

 田中耕一さんという名前を覚えている方も多いことでしょう。京都の島津製作所の社員でありながら、ノーベル賞を受賞した方です。

田中さんが研究していたのは、分子をイオン化する技術です。

(わたしには難しくて永久に理解できないと思います・笑)

 ノーベル賞を受賞した「ソフトレーザー脱離イオン化法」は、田中さんが様々な物質の種類や濃度を少しずつ変化させるという気の遠くなるような実験を繰り返しているときに偶然発見されました。

田中さんが測定対象のビタミンB12を分析装置にかける準備をしていたときに、間違えてアセトンの代わりにグリセリンを混ぜてしまいました。

アセトンはさらさらとした物質ですがグリセリンはねばねばした濃度があるため、田中さんは間違いにすぐに気づきます。

しかしそのとき、おばあちゃんがよく口にしていた「もったいない」の言葉が浮かび田中さんは間違えた試料をそのまま使って実験をすることにしました。

しかもグリセリンが乾いてしまう前から慎重にいつも通り計測したところ、それまでには見たことのないような結果になったのだそうです。

 

そうしてこれが、ノーベル賞の受賞につながるというわけです。

田中さんは

目的のために行動し(分子をイオン化する技術をみつけるための実験)

集中して取り組み(気の遠くなるような組み合わせを分析し続け)

失敗しても簡単にはあきらめないで(もったいないので失敗も実験してみる)

目の前のことをしっかり観察(失敗の試料も慎重に計測)

していたためにセレンディピティが起きたといえるでしょう。

 

2-1. セレンディピティは準備のあるところに起きる

 「セレンディピティは『棚ぼた』ではない」と先ほど書きましたが、セレンディピティは準備のあるところに起きていることがわかります。

「準備のあるところ」というのは、「なにか良いこと起こらないかなあ…」とぼんやり「棚ぼた」を受け取る準備だけはしているという意味ではありません(笑)。

 

「準備のあるところ」とは「行動を起こしている人のいるところ」です。

 

前述したシャープ創業者の早川徳次さんや島津製作所の田中耕一さんだけでなく、ソニーを設立した井深大さんも就職の際は希望の会社に入れなかったところからスタートしましたが、行動することでセレンディピティを引き寄せてあのソニーという会社をつくりました。

 

歴史上有名な事例としてはフレミングによるペニシリンの発見、イタリアのポンペイの遺跡発見、デカルト座標の発見、ニュートンの万有引力に関する法則の発見などがありますがどれも「行動を起こしている人のところ」にセレンディピティが起きています

 

2-2. グリム童話「小人の靴屋」の小人のよう

 セレンディピティは、グリム童話「小人の靴屋」に出てくる小人のようだと表現した設計士がいます。

 

「小人の靴屋」のストーリーはこんなふうです。

 

貧しい靴屋の老夫婦が、最後の材料となってしまった革を「明日仕上げよう」と作業机に置いたまま眠りにつきました。

翌朝、不思議なことに見事な出来栄えの靴が出来上がっていて、それは高値で売れました。

そのお金で主人が材料を買ってくると、また夜の間に立派な靴が出来上がっているのです。

それは靴の妖精の小人さんが作っていて、老夫婦は妖精たちのために小さな服と靴をプレゼントして喜ばれました。

 

 設計の仕事をしているある男性とその同僚の設計者たちは、設計に行き詰まると「小人さんが来て図面を書いてくれないかなあ」と口に出すのだそうです。

そんなことを言えている間は(まだ余裕があるので)小人さんは来ないそうなのですが、いよいよ締め切りが迫り、寝ても覚めてもその設計について考えているとあるときふと、とんでもなく良いアイデアが浮かぶことがあるそうです。

 

これを彼らは「小人さんが来た」と表現しているのですが、まさにこれはセレンディピティですよね。

小人さんは設計を始めたばかりの頃には現れず、たとえアイデアに行き詰ってしまってもより良い設計を考えて考えて考え抜いている状態になってはじめて現れるのだそうですよ。

 

2-3. 「できっこない」と決めつけない

セレンディピティは「できっこない」と決めつけずに、愚直に行動する人のところで起こります。

 

日産自動車のカルロス・ゴーンさんは営業担当者に「なぜ日産の車が売れないのか、競合他社に訊いてきなさい」と命じます。

営業担当者は「そんなこと競合他社がおしえてくれるはずないじゃないですか」と言い返しますが、彼は実はまだやってみてはいなかったのです。

 

カルロスさんはいつでも「エビデンス(証拠)を提出しなさい」という人だったので、「実際にどこに訊きに行って断られたのか」と尋ねます。

営業担当者の「できっこない」には証拠が必要でした。

営業担当者はダメもとで競合他社へ足を運びます。

そして自社の車が売れない理由を他社の営業担当者に尋ねると、「公式には言えませんが非公式なら」「私個人の意見で良いなら」といって「なぜ売れないか」を一生懸命考えてくれたといいます。

 

同じ自動車業界のことですが、トヨタ自動車がアメリカでレクサス事業を立ち上げる前にはメルセデス・ベンツのディーラーへ訪問し、トヨタの名前を出して見学させてもらっています。

 

ビール業界では、アサヒビールが業績に苦しんでいるときにはキリンビールに教えを請いに行き、その後回復に向かっています。

 

「できっこない」と決めつけずにライバルに教えを乞うという行動は、本人にとっては恥ずかしく辛いものかもしれません。

しかし、そこにセレンディピティが起きているのですね。

 

2-4. 無関係のものを結び付けてみる

セレンディピティは無関係のものを結び付けて考えてみるときに起こりやすいようです。

 

トヨタの生産方式を考案し、改善を重ねて根付かせたのは大野耐一さんです。

大野さんは昭和31年、GMやフォードなど先進の自動車産業から学ぶためにアメリカに出張します。

しかしこのアメリカ出張で大野さんは、自動車工場の見学よりもスーパーマーケットの普及に強い印象を受けました。

スーパーマーケットでは、「顧客が必要なときに必要なものを必要な量だけ」そろえていました。ここに着目したのです。

 

大野さんにとってのセレンディピティは、自動車の生産ラインにおいて「後行程の人が必要な部品を必要なときに必要な量だけ」前工程に取りに行くというシステムにするというアイデアでした。

 

自分の業種とはまったく関係のないスーパーマーケットを、ただ「先進国には便利な店が普及しているなあ」と感心するのではなく、鋭い洞察力を持って見ることでひらめきを得ることができるという例ですね。

 

3. 「素人発想」+「玄人実行」=セレンディピティ

 3-1. 失敗からできた製品・ポストイットのセレンディピティ

 はがしたり貼ったりできるメモ帳、スリーエム社のポストイットは失敗から生まれたという話は有名ですよね。

 

ポストイットのスペンサー・シルバーという研究者が開発した接着剤は「くっつくが、はがれてしまう」という失敗作でした。

通常研究者なら失敗作はあまり公表しないそうなのですが、スペンサーさんは社内の技術セミナーでこれを堂々と公表し「何か画期的な商品につかえるはずだ」という信念を持っていました。

この発表の1年後、同じ会社のテープ事業部に勤務する研究員アート・フライさんが1974年12月、いつものように日曜日の教会へ行きました。

聖歌隊の人々の讃美歌の歌集にはその日歌うところにしおりがはさんであったのですが、そのしおりが落ちやすいことに多くの人が不満を持っていることに気付いたのです。

アートさんはスペンサーさんの発表したはがれる接着剤を使って「落ちない糊付きしおり」を作れるとひらめいたのでした。

 

しかし社内にはこのアイデアを支持してくれる人はいませんでした。紙の一部に糊をつけるとその部分だけ分厚くなります。そのぶんだけ紙を削るなどの大変な手間がかかることや、まだ世の中にない新しいものなのでニーズがあるとは考えてもらえなかったのです。

 

そこからアートさんは自宅の地下室でポストイットの製造装置を組み立て始めます。

孤独な開発を続けた彼は2年後、ついに製造装置を完成させました。大きくなりすぎて地下室の扉から出せずに壁を壊して外へ出したそうです。

そこまでの苦労をしても、スリーエム社のマーケティング部署には「市場にはニーズ無し」と判断されてしまいます。

アートさんはポストイットのサンプルを自社の秘書たちに配ります。これは好評でしたので米国の一部でテスト販売となりますが、売り上げは思わしくなく上司から開発禁止令が出てしまいます。

アートさんが諦めずに上司を超えて副社長に直訴しに行ったちょうどその頃、以前フォーチュン500社(大企業上位500社)の秘書にサンプルで配っていたポストイットに注文が殺到しはじめたのです。

 

スペンサーさんが失敗を隠していたら、アートさんがどこかで諦めていたら、セレンディピティは起こらなかったのですね。

 

3-2. 職人の「しっくり」は3ミクロンだった

1990年、三井金属鉱業(株)で自動車用ドアロックの設計などに携わっていた山田眞次郎さんは(株)インクスを設立します。

きっかけはデトロイト時代に出会った「光造形技術」です。

それは製造業に欠かせない金型をつくるために、これまでは「設計→試作→制作」とそれぞれの熟練者が図面を介して実行していたプロセスをコンピュータによって大幅に短縮できる技術でした。

山田さんは熟練者の技術に頼っている日本の金型産業の危機を感じました。

山田さんは光造形技術の中の「3次元データから直接金型を製作する」というアイデアを、当時市場成長が予測される携帯電話に適応しようと決めます。

携帯電話は小型で複雑な3次元構造のため、熟練技術者でもかなりの日数を必要とします。また、従来の作り方ではできない部分は複数の部品に分けて貼り合わせる必要があり強度に問題がありました。

 

山田さんは熟練技術者が作業する現場に若手の技術者を配置し、疑問を徹底的に解明するという方法をとります。

「なぜそのように磨くのですか?」「しっくりくるようにだよ」

職人の「しっくり」の感覚、つまり「磨く前と磨いた後」の部品は3ミクロンの違いがありました。この3ミクロンの隙間が「熟練の技」というわけです。

こうして熟練技術者の技を数値化していくことでコンピュータに命を吹き込むことができるのだそうです。

こうして金型設計・制作のすべてを非熟練者でも再現できるようなソフトを作り上げましたが、それには熟練技術者の作業の分析・数値化のため2年半を要しました。

 

「日本の金型産業がなくなってしまう」という危機感を持った山田さんだから起こすことができたセレンディピティですね。

 

3-3. 料理人の調味料を計量

医師・医学博士で現在の「女子栄養大学」を含む「香川学園」を創立した香川綾先生も、熟練技術者の技を数値化して一般の人に広め日本人の健康に貢献しました。

 

わたしは大学を出ていません。友人たちが大学生活をしているのがあまりに楽しそうで、「わたしも学校に行きたい」と思いました。一度就職をしたのですが「香川栄養専門学校」へ21歳で入学しました。

当時はただ「学生になりたい」というだけだったので志も低く「料理が好きなので料理学校へ行こう。調理師になるのも栄養士になるのも2年で学費もかわらないなら栄養士にしておこう」という程度の考えでした。

 しかし入学した「香川栄養専門学校」(今は調理科のみです)で、当時の学長・香川芳子先生から創立者である香川綾先生の話を聞いて「この学校に来ることができて良かった」と思いました。

 

料理レシピをつくるにあたって今では当たり前の「大さじ1」「小さじ1」「1カップ」などの計量単位は、香川綾先生が「誰もが同じ料理を作れるように」と決めたものなのです。

 

昭和8年、日本人の栄養状態が良くなかった頃、医師である香川先生は食事から摂る栄養の大切さを広めたいと思い「家庭食養研究会」をつくります。

香川先生は、和食や洋食の調理のプロを招いて実際に調理してもらいました。

調理中は、火加減を「強火」「中火」「弱火」にわけて記録し、加熱時間も計ります。

あらかじめ計量しておいた調味料をプロが使ったあとにまた計量することで、実際にどれだけの調味料が使われたのかを記していきます。

それらのデータを「料理カード」にすることで、プロに近い味を再現できるというわけです。

 

当時の料理教室は良家の子女向けのものしかなく、しかも分量は「ほどほどに」加熱時間は「火が通るまで」など、目で見ながら実践で覚えるしかありませんでした。

香川綾先生が家庭食養研究会をつくってコツコツとプロの技術を数値化することで、料理教室に通えない一般の女性にも調理方法を伝えることができるようになったのです。

 

わたしは入学してから知ったこの話を何人にしたかわかりません。目の前の人だけでなく国民の栄養状態を心配し、医師という資格がありながら主婦の立場になって「料理カード」をつくった香川綾先生をとても尊敬しています。

 

香川綾先生にとってのセレンディピティは先生が生きている間に「女子栄養大学」を創立できたことだけではなく、今みんながクックパッドなどで「大さじ2」などとレシピを伝えあうことができていることも含まれているとわたしは思います。

 

4. あなたにもわたしにも起きているセレンディピティ

 

セレンディピティについてここまでご紹介してきた実話は「シャープペンシルの開発者」や「ノーベル賞受賞者」、「ポストイットの発明者」といった特別な人たちでした。

しかし、セレンディピティは特別な才能がある人、あるいは卓球の福原愛ちゃんや野球のイチローのように尋常ではない練習量をこなしている努力家にしか起こらないわけではありません。

 

たとえばわたしも、振り返るとたくさんのセレンディピティに恵まれてきました。

 

いちばん最近のセレンディピティについてお話しましょう。

 

わたしは自営業で「バルーナッツ」という風船業を営んでいます。

輸入の風船をキットにして販売するほか、結婚披露宴でのバルーン演出や装飾、イベントでバルーンを使うことがあれば、仕掛けでも風船配りでもなんでもしています。

ほとんどの仕事には風船を安全に浮かせるための「ヘリウムガス」を使います。

このヘリウムガスは国内では生産されていなくて、すべてをアメリカからの輸入に頼っています。

あるときガス屋さんから電話があり「しばらくはヘリウムガスを販売できない」と言われました。理由はハッキリしなかったのですが、ヘリウムガスの流通が滞ってしまったそうなのです。

そして、病院関係を優先にするということで、真っ先にわたしのように小さく営業している風船屋にガスが届かなくなったのでした。

わたしもこの仕事をするまで知りませんでしたが、病院の検査に使うMRIなどの機器にもヘリウムガスを使っているのだそうです。

 

そんなわけで、ある日突然「うなぎ屋さんにうなぎがない」というような状態になってしまったのです!

 

わたしが子どもの頃にお祭りで販売されていた風船は、可燃性があり危険な水素ガスを入れて浮いていました。

さすがに披露宴の室内ではキャンドルなどもあり危険だけれど、屋外で空に飛ばしてしまうバルーンになら水素ガスでも良いのではないかと、水素ガスの器具を購入しました(ヘリウムガスと器具が違うということはこのとき知りました)。引火防止のために静電気防止グッズも用意しました。

それでも危険なガスを使うのはできる限り避けたくて、今まですべてヘリウムガスで膨らませていた大きなバルーンは浮力の問題がない程度にヘリウムに空気を混ぜたりして工夫しました。

どこの風船屋さんも困っていたので自分からはお願いできませんでしたが、わたしの師匠であるバルーン工房様から3本のガスを販売してもらえたときには本当にありがたかったです。日頃の注文量が多いところはガス屋さんに無理を言えたようです。

 

しかし、そのガスが底をついてもヘリウムガス流通に改善はみられません。水素ガスの準備はしたものの、やはり危険性を考えると使う気持ちが起きず、ついに「浮いた風船」を使う仕事を停止することになってしまいました。

当時、最後まで頑張っていた東京ディズニーランドでもヘリウムガスがなくなり風船の販売を中止したので、この「ヘリウムなくなる騒ぎ」について知っている方もいらっしゃるかもしれませんね。

 

ヘリウムガスがなくなって収入が半減、いえそれ以下になってしまったわたしを心配した知人が「若い頃ライターだったんでしょ?クラウドソーシングって知ってる?」と、ランサーズというクラウドソーシングのサイトを教えてくれました。

 

きっともうすぐヘリウムガスはなんとかなるはず、それまでバルーナッツは続けたい。

アルバイトに出てしまえば、バルーナッツにかかってくる発注や問い合わせの電話に出られなくなってしまう。でもこのまま収入が減り続けては生活できない・・・。

 

そう思って悩んでいたわたしは、そのランサーズに飛びつきました

クラウドソーシングなら、自分の都合の良い時間に、バルーナッツの事務所のパソコンでできるのですから、電話にも出られますし打ち合わせにも行けますし、お客様が来店しても対応できます。

 

わたしが若いときにライターをしていたのはまだPCも普及していない頃です。

当時はワードプロセッサ(ワープロ)だったので、わたしはPCに「一太郎」というワープロソフトを使っていたので、なんとわたしは「ワード」が使えませんでした

「いまどきワードが使えないライターなんている?」と思われてしまうでしょうね。

でも、バルーナッツの起業で「すべて準備してからスタートするなんてあり得ない」「チャンスの神様は前髪しかない」と経験していたので、「ワードはそのうち使えるようになるだろう」と考えてすぐに始めました。

 

はじめのうちは「これじゃあ私の時給400円?!」という日々でしたが、真面目にコツコツやっていたらどんどん良いお仕事をいただけるようになりました。

そうして固定のクライアント様がつくようになり、お仕事を探す時間がかからなくなると日によっては時給換算で2千円を超えるようになりました。

2年目には、年間でほぼ100万円の副収入となったのです。

 

そしてある日、とある出版社が新しく女性向けのサイトをつくるにあたってライターを募集しているとお声かけいただきます

「紙媒体のライティングとウェブサイトコンテンツは違う」と、なんとなくわかってきていた頃でしたが、なんとウェブコンテンツのライティングについて、バズ部のコンサルティングを受けながらお仕事もいただけるという、夢のような条件でした。

報酬は今までの数倍になり、ひとつの記事を書くために5000円まで参考書籍の購入も許されます(領収書と書籍は一緒に提出)。

記事を書くための本を自分で選べるなんて、ありがたくて涙が出そうでした。

しかも、ほとんど群馬というくらい埼玉県の端っこに住んでいるわたしの東京までの交通費まで負担していただけるというのです。

こちらでの副収入もやはり年間に100万円前後になりました。

 

そうしてライティングを学びながらお仕事をしたことが、わたしと息子の生活をどうにか成り立たせて、今のこのサイトにつながっているというわけです。

わたしにセレンディピティを起こしたランサーズにチャレンジしたい方はこちら(リンク)

 

これが、ヘリウムガスがなくなってもどうにかジタバタ頑張っていたわたしに起きたセレンディピティでした。

 

あなたにも、きっと振り返ると「あのとき頑張ってたから思いがけない幸福をつかむことができたんだなあ」「あのとき諦めなくて良かったなあ」という出来事があると思います。

 

もし思い出したら、すぐにノートに書いておくことをおすすめします。

 

わたしは「ハッピーノート」と名付けて小さなノートを持ち歩いています。

セレンディピティというほど大きなことではなくても、ちょっとしたラッキーなこと、ハッピーに感じたことを書いておくと読み返したとき幸せな気持ちになります。

ちょっとキツいときに読み返すとモチベーションアップにもなりますよ。

 

 長い記事におつきあいいただき、ありがとうございました!

あなたにも、わたしにも、さらにたくさんの素敵なセレンディピティが起こりますように。

また別の記事でお目にかかりましょう。

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